高安義郎
カエデが最後の一枚を風にゆだねた
風はそれを湖面に置いた
一羽の鴨が近づき
水面にVの字を描いた
昨日と変わらない巡り合わせを
俺は立ち止まって見つめていた
ふと 幸(さいわい)を考えた
幸いという小花があるなら
水面に漂うカエデの
カエデを伴侶に選んだ風の
あるいは水面のどこにそれは
花芽を付けているのだろう
背後に枯れたカラスウリが揺れ
冬がこぼれだしていた
気づけばカエデも風も鴨も
初冬の中に展翅(てんし)されているのだった
坂道にさしかかった時だった
エメラルド色の光が横切り
向こう岸の小枝に光は止まった
それは一羽のカワセミだった
何と目の覚める仕合わせだろう
光は小枝を離れ
いずこかに消えた時
巡り合わせた一瞬の仕合わせを
幸(しあわ)せというのかも知れない
そんなことを思いながら
昨日と変わらぬ山道に歩みを戻した