海辺の喫茶店

高安義郎



                        
  海を見ながら車を走らせ、昼過ぎに海辺の町についた私はとある喫茶店で軽い

 昼食を取った。

  コ-ヒ-を飲みながら部屋の隅を見るとゲ-ム機らしいものがあった。機械に

 は『バ-チャルライフ』と記してある。ネイミングが気になり私は機械の前に歩

 み寄り、セットされている椅子に何気なく座った。するといきなり画面の時計が

 回り始め「お誕生、おめでとう」のメッセイジが現れ、勝手に作動しだしたのだ。

  ゲ-ムなどをして時間をつぶしていられない私はその場を離れようと振り返る

 と、そこは広い荒れ野だった。見回すと私の他に何人もの人が歩いている。行列

 の先頭で花を配っている女性がいた。花と言っても空き地などによく生えている

 ハルジオンのような謂わば雑草だ。誰もが黙って手渡された花を受け取り立ち去

 って行く。中には、

 「もっと大きな花がほしい」

 と注文する者もいる。けれど花配りの女性はにっこり笑って雑草を手渡す。時

 には香り豊かなクチナシらしい花を手渡すこともある。

 だが、それらの花は二~三十歩ほど歩く内に枯れ無残に散ってしまうのだ。

  私も行列に加わって並んだ。ふと見ると数人先に始めから大きな花を手にして

 いる人がいた。後ろ姿からは女性か男性かは分らない。その人は立ち止まると持

 っていたバラのような見事な花を高々と掲げた。それを見て多くの人が拍手喝采

 をした。なぜあの人は始めからあのような綺麗な花を持っているのだろうと、私

 は不思議に思った。私の体のどこかにもあのような花はないものかと思い見回し

 たが花配りの女性が、

 「はい、これがあなたのヒメジョオン」

 そう言って少しピンクがかった小花が差し出された。手渡された花を仕方なく

 持ち歩いていると、

 「雑草など意味がない。大輪のバラの肥料になるだけじゃないか。捨ててしまえ」

 大声で怒鳴っている男がいた。しばらく行くと、花の終わった先に出来た小さな

 種を集め、野の隅に蒔いている人達に出くわした。

 「そんな雑草を沢山咲かせて何になるんですか」

 私は聞いた。すると、

 「これでいいんですよ。雑草でもこの野原全体に広がりさえすれば、私達がここ

 に来た意味があるんです。八重咲きの見事なバラは、一時この場を明るくするけ

 れど、ご覧なさいな、花の終わったバラが棘(とげ)だけ残してそこに散らばっ

 ているでしょ。このバラが枯れる時に言っていたわ。『ああ、夢だったんだ』

 ってね」

 その人達が言おうとしていることが私には解らなかった。

  私は当てもなく歩き崖っぷちに来ていた。崖の下はもうもうと白い煙が立ちこ

 めており、そこが海なのか空なのか分らなかった。これからどうしたものか思案

 していると、

 「ここが終着点らしいですね」近くを歩いていた人が言った。

 「引き返しますか」

 「引き返す?あなたも冗談がお好きのようですね。この原っぱでは引き返した人

 なんか誰も居ませんよ。だってご覧なさい」

 そう言って後方を指さした。指し示した方に目を向けると、今来た道は跡形もな

 く消え、真っ白なスクリーンのような白壁があるだけだった。

 「この壁はねえ、手元のスイッチを押すといろんな映像が出てくるんですよ。私

 は登山家でしたから、これまで昇った山々が途切れ途切れですが映し出されるん

 です。御覧に入れましょうか」

 男が見せてくれたのは日本の百名山と言われる山々の幾つかだった。

 「この山の頂上で見た景色が私に生きる喜びを与えてくれたんです」

 男がうっとりと見つめる山は私には見えなかった。

 「何も見えませんが」

 「そりゃそうですよ。これは私の思い出ですから、心までも映し出せませんから

 ね」

 「それじゃ私はこれで」

 私は男と別れて歩き出すと木魚のような音が聞こえ初め、ゲ-ム機の前に戻って

 いた。その場を逃げるようにレジに駆け寄りレシ-トを差し出しながら、

 「あのゲ-ム機は何ですか」

 レジの女性に聞くと、

 「あれは社長が道楽で作った人生俯瞰(ふかん)機らしいんですけど壊れてるんで

 す」

 愛想のない口調で言った。