時の緞帳

(ときのどんちょう)

高安義郎


生まれなければならなかった人など

ただの一人もいるわけではない

誰が生まれてもかまわなかった

あなたが生まれて来なくとも

私がこの世にいなくとも

変わりの者がおりさえすれば

同じく世界は動いて行こう

大自然には回帰などあるはずもない

 

我が家の犬も

この子でなくともよかったし

小枝に止まったシジュウカラも

あいつであってもなくともよかった

代わりの小犬が 別の小鳥が

我が家の庭に憩ったろう

 

東から来た旅人が

北からの孤独な人と

山茶花の下で行き会ったのも

誰ぞの決めたことではなかった

行き交う人波で

私は君と出会ったのだが

君は前世の約束だと言う

もし立ち止まっていたならば

別なる人に会ったかも知れない

それでも君は

あなたを待っていたのだという

 

偶然巡り会った命の交錯

共に生きた時間の中で

確かに私はもう

君でなくてはならなくなった

たまたま生まれた命同士が

時の糸に縫い合わされて

我が家の小犬も

この子でなくてはならなくなった

君も息子ももうなくせない

 

時を紡いで作った緞帳

時間が緞帳をせり上げたなら

必然は舞台の上に生まれるか

この貴重な演目が終わるまで

舞台の必然に浸るとしよう