大学もそろそろ卒業だと言う頃だった。昇平は急にタイムマシーンを考え始めた。それと

 いうのも時間を戻したいわけがあったのだ。

  知り合って半年になる鈴葉と将来を考えた付き合いがしたく、ある時意を決し公園に呼び

 出し「将来を」と言いかけたものの、つまらない冗談しか出ず、それっきり彼女とは半月も

 会っていない。

  あの時間にもう一度帰りたい。そう思ったのがきっかけだった。

  様々な文献を読み、親友の和馬に協力を頼むと、和馬は、

 「漫画じゃあるまいしタイムマシンなんか、できっこないさ」

 そう言って一蹴された。

 「どうしてさ」

 口を尖らせて聞くと、

 「タイムマシンで過去に戻り、間違って先祖を殺したとしたらどうなる。先祖がいなけりゃ

 自分は生まれないし、生まれなきゃあ先祖は死ぬこともない。物事は科学的に考えなきゃ彼

 女だって出来はしないぜ」

 彼女ができないと言われ、科学的思考が得恋(とくれん)には必要だと悟ったが、それなら

 ばなおのことタイムマシーンが必要に思えた。

  アインシュタインの理論からすれば、時間旅行は否定されていないし、運動する物体は時

 間が遅くなると言う。光速と同じなら時間は停止し光速を越えれば時間は逆戻りするとも

 いう。

  そもそも時間が延び縮みするのだろうか。まずはそれを確かめたい。だがそんな早い乗り

 物を作る技術もなければ金もない。ふと昇平は考えた。

  地球は音速の早さで自転して太陽の回りを一年で約四億八千万キロまわる。その速度は

 毎秒三十キロだ。更に銀河系は直径十万光年の楕円をすごい早さで回転している。これらを

 合算すれば光速に近づけるのではないか。ならば天体の運動を逆手に取る方法を考えれば、

 簡単に過去に戻れるもかも知れない。

  だが運動する物体は本当に時間が縮むのか、まずそれを試そう。そう考えると昇平は、

 「実験をするから来てくれ」

 と和馬を呼び出し、高校時代に乗り回していたバイクを引っ張りだした。そして人通りのな

 い里山への坂道を走り出した。

  力一杯アクセルをふかすと遠くに霞んでいた池がみるみる大きくなり、運転しながらち

 らりと腕時計に目をやった。とその時昇平はバイクごと宙に浮かび、芦の茂みの中に叩き落

 とされたのだ。

  痛みをこらえて立ち上がりながら時計を見ると、鈴葉と公園で待ち合わせた日の十分前

 を示していた。やはり時間は戻るんだ。気をよくした昇平は急いで彼女が待っている公園へ

 走った。不思議にも公園はすぐ池の脇にあった。運動する物体は空間が縮むというアインシ

 ュタインの説はまさに正しい。そんな事を思いながら公園にゆくと、果たして彼女は待って

 いた。だが昇平は、やはり何も言えず、

 「非科学的な人って手探りで生きているようにしか見えなくて不安だわ」

 そう言って鈴葉は消えてしまった。過去に戻っても何も変えられなかった自分にがっかり

 しながらふと目を開けると、そこは病院のベッドだった。

 「昇平、やっと気がついたか。バカだなあバイクで事故りやがって」

 包帯だらけの顔を覗きながら言ったのは、見舞いに来ていた和馬と鈴葉だった。

 「あのなあ昇平、ロケットで飛んでも、時間は千分の一秒も遅くなんないんだ。それに動い

 ている物自身の時間が変動するだけで、宇宙全体には関係ないんだ。浦島効果って知ってる

 だろう。時間が停止していたのは浦島だけだっただろ。お前みたいな科学音痴の男に彼女は

 ついてこれねえだろうな。そう思うだろ鈴葉君も」

 鈴葉に目配せしながら言った。すると鈴葉が言った。

 「和馬さんみたいに何でも科学科学的って言う人、夢がないわ。非科学的な夢がいつか現実

 の夢に結びつくものよ。ライト兄弟だって空を飛ぶなんて夢みたいな発想から始まったん

 だわ。だから私、昇平みたいな人の方が好き。一緒に夢と現実のギャップの中で楽しく暮ら

 そうね」

 鈴葉の言葉に昇平は嬉しくなり、

 「結果的には時間が戻せたみたい」

 そんな事を呟き、痛みが却(かえ)って心地よいものに変わって行くのを感じるのだった.

 
     ~Yoshiro's Room~

 
 何にでも理由を付けたがる人がいる。確かに普段の生活の中でなぜ、お金
が足りなくなったのか、棚の荷物がなぜ落ちたのか等を考えるのは必要な事
だろうし、洪水になったのは温暖化のせいだろう、崖崩れにあったのは、い
い加減な埋め立てをしたからだと騒ぎ立てるのも、人間が少しでも関わった
ものだから理由付けも良いだろう。だが自然界での現象に理由を探すのはこ
じつけでしかない。鳥の骨が空洞なのは体を軽くする為だとか、蛍が光るの
は雌をさがす為だなどと理由を付けて説明しようとしている。ヒカリゴケが
光るのはどう説明するのだろう。自然界の動物が様々な形態をしているのは、
偶然の変異であって、それがたまたま生きてゆくのに都合が良かっただけな
のだ。都合が悪く死に絶えた生物だって山ほどあるのだ。決して便利になる
為に体を変異させたのではない。人間の頭に毛があるのは頭を保護する為だ
と言った学者さんがいたが、では坊さんの頭は傷だらけなのだろうか。別に
文句を言いたくはないが、昨夜見たワールドライフと言う番組で、悪臭を放
つ茸は特定の虫を呼ぶためだとか、毒茸が成長するに従って毒が薄くなるの
は、胞子を作り終えたから鹿に食べられても良いから毒がなくなるのだと説
明していた。馬鹿も休み休み言って貰いたい。椎茸や松茸、榎茸にはなぜ毒
がないのか。かの番組の論法では、人が安全に食べられるようにと言うこと
になる。茸が人間の体のことを考えていると思っているのだろうか。馬鹿な
説明をしている番組に出会う度にテレビに向かって「馬鹿たれ」と呟く昨今で
ある。 
 今年1年ご高覧いただきありがとうございました。
 良いお年をお迎えください。       (2021.12.25)
  
                    
タイムマシーン

高安義郎