高安義郎
私の中の神話から
いつしか神が遠のき始めた
神話が神話を産み育て
自分をその末裔(まつえい)と思いこみ
自ら祝福していた頃は
あどけない幸いに遊べたものを
淡い願いを口ずさみ
偶然叶った喜びが懐かしい
疑い初(そ)めたは何時(いつ)であったか
なまじの論理が否定を初め
新説繰り出す新興宗教
サイエンス経の新たな疑問に
妙な確信が生まれだしたは
そんなに遠い
昔のことでは
なかったように思われる
気づけば私に
神話を語る者はなくなり
神の姿が見えなくなった
生きとし生ける者達が
幾百万年命を繋ぎ
化石に年月の痕跡を見れば
神話はなおも
薄れてゆくしかないだろう
もしも人の命が続き
数百万年が過ぎ去ったなら
サイエンス経さえあるいは
化石になっているかも知れない
どうにか残った私等の
骨があるいは
神話になっていはせぬか
私のか細い骨髄は
神も仏も流れ出て
寂しさばかりが染みこんでゆく
偏西風が
虎落笛(もがりぶえ)を模して昔を奏でる音は
氷河から荒野に流れてゆくのだろう
化石にもならない私の百年は
野末の草の髭根(ひげね)の一つに
あるいはなっているかも知れない