蝉

高安義郎


団扇(うちわ)の手を止めると

誰もいない公園の大樹から

蝉の声が溢れ出ていた

微かな風に青い梢が蠢(うごめ)き

蝉の声はひたすら

小さな存在を響かせた

思えばこの同じ光景を

私は半世紀を遙かに超えて

見続けて来たのだった
 

だが果たして本当に

同じ風景だったろうか

あの時は母の声があり

兄弟の

また幼い子等の声もあった

今はただ単調な蝉の声が

一瞬一瞬の時をかき集め

一つの時間に紡いでいるだけだ
 

私もいつか

この縁先からいなくなる

それでも蝉の声は

あいも変わらず

青い不定形の梢の中で

次の百年へと時間を繋げ

鳴き続けることだろう
 

私はまた団扇を動かした