三途の川
       
                      
 
  いつの時代の話か分からない。

  ある春の日弥一と創太と源助の三人が山道を歩いていた。松茸採りに来たの

だ。香り豊かな松茸の採れる場所、それは三人の秘密の場所だ。この場所を最

初に見つけたのは弥一だった。知恵遅れのため皆に馬鹿にされていた弥一が、

数年前山道に迷い偶然見つけたのだ。迷っていることも忘れ松茸を採っている

ところを創太が探し出してくれた。それ以来そこは二人松茸採りの秘密の場所

になった。

 弥一達二人は、美味しい松茸を売るとの評判を聞いた源助は翌年二人の後を

つけた。つけて来る源助に気付き気の良い弥一は

「ゲンチャンも一緒に採ろう」と秘密の場所を気前よく教えてしまった。

 三人が揃って山に入った二度目のこと。松茸の群生地に近い少し手前の丁字

路で創太は急に立ち止まり言った。

「いけね、弁当と一緒に大家さんに頼まれた手紙、弥一と待ち合わせしてた所

に置いてきちまった」

「誰に渡す手紙だ」源助が聞いた。

「山向こうの大家さんの親戚だ。なあに十町ばかり戻った所だから、ちょっと

取って来るで待っててくれや」

そう言い残すと創太は今来た道を駆け戻って行った。弥一は座り込んだ。実は

弥一は道を覚えていられないのだ。

「弥一、道、わからんだろ」弥一がうなづくと源助はにやりとし、

「俺も覚えてねえ。だから俺が確かめて来るで、弥一はここ動くでねえぞ。こ

こはな、三途の河原って言われてる道で、間違えた道行くと二度と家に帰れね

え。だから創太が来るまで動くでねえぞ」

そう言い残して左の道に進んで行った。

 四半時(しはんとき)(約三十分)ほどたったがまだ創太は帰って来ない。弥

一は道ばたに腰を下ろすと居眠りを始めた。

 弥一は三途の河原にいる夢を見た。脱衣婆(だついば)が現れ、着ている着

物を剥ぎ取り放り投げると懸衣爺(けんえおう)がそれを受け取り柳の枝に引

っかけた。

着物は枝から落ち、重いか軽いか分からない。何度かけ直しても枝に引っかか

らない。

「これじゃ善人か悪人か分からん。もう一度生き直して来い」

懸衣爺は怒鳴った。そこへもう一人亡者がやって来た。見るとそれは源助だっ

た。源助の着物も剥(は)ぎ取られ、柳の木に懸けると枝は折れんばかりに垂れ

 下がった。

「お前は強深瀬(ごうしんせ)を渡れ。溺れて地獄へ行くがいい、この欲深者

め」

懸衣爺(けんえおう)が言った。すると源助は銭を取り出し、

「六十文やるで。浅い方にしてくれ」そう言うと、

「それじゃ山水瀬(さんすいせ)でいいわい」脱衣婆(だついば)が言った。

「出来れば善人橋を渡らせてもらえんじゃろか。極楽へ行きてえんだ。金なら

ほれ、いつも三部銀を懐に入れてんだ。これやるで」

「三部銀だと?爺さん、どうする」その時爺さんは思った。それだけあれば閻

魔様に賄賂を贈り、寒い三途の河原の仕事から抜け出られるかも知れないと。

そこで、

「もらっとけ。一人ぐらい変なのがいても極楽では誰も疑いはしねえさ」

そう言って銀貨を受け取った。

「金があれば極楽さ行けるのか」弥一が言うと、

「地獄の沙汰も金次第さ。何にも知らねえんだな」爺さんが言った。

 創太が丁字路に帰ってみると弥一は居眠りをしていた。

「待たせたなあ。源助はどうした。まさか独り占めしてるんじゃあるめえな」

創太が言うと、

「極楽さ行っただ」

「何だそりゃ。ともかく行くぞ」二人は源助の後を追った。

しばらく行くと裸でうずくまっている男がいた。それは源助だった。

「どうしただ」聞くと、

「山賊が出やがって身ぐるみはがしやがった」すると弥一は、

「地獄の沙汰も金次第だで、金は出したんか」と聞いた。

「ばかたれ、トラの子の三部銀も盗られちまったわい」

「それじゃ極楽行きに決まっただなあ」そう言うと源助は言った。

「こんな山二度と来るもんか。ここは地獄だ」

 それ以来松茸採りは弥一と創太だけになった。その後弥一は何度死にはぐっ

ても生き返り、九十九歳まで生きた。春山登りが健康に良かったのだろうか。

源助は四十歳前に死に、創太は八十まで生きたというが、誰が極楽に行ったか

誰も知らない。



              

高安義郎