『詩集 千億の銀河』
桜

高安義郎


                 

微風に桜の花びらが散る

桜吹雪が美しいとは

誰に教えられた心だろう

夕顔の白さと豊かな香りにも

酔えと教えてくれたのは

母であったような気がする

そうしていつしか

私はわたしになったのだった

 

神が私を作ったのだとは

信じられないわたしがあった

仏の教えも

わたしを示すものではなかった

だから私は

神や仏の家には居ない

とは言えこれまで

誰の教えと知らぬまま

人と人との合間に生きた

生きることの忙しさが

薄らぐ歳になった今朝

何故かふと立ち止まり

私はわたしが不思議に思えたのであった

 

鼓動が止まれば

命は必ず無に帰する

かつて父から聞いた言葉は

おそらく疑うべくもない

 

私は最近消滅という現象が

安らぎごとに思えてきたが

ただこの意識が消え去るまでに

わたしが何故(なにゆえ)生じたのかを

何がわたしを わたしたらしめているのかを

知っておきたいだけなのだ

知ったところで

誰が救われるわけでもないが

私の意識がどこから来たのか

わたしに教えてやりたいだけだ

桜の落花の潔さに

ただあやかりたくなって

そんな事を思うのだった