妻は母に話しかけます
「朝晩寒くないですか」
「腰は痛くないですか」
母は黙ってうなずいています
僕は昨日少しばかり庭を手入れし
今日は腰が引きつっていました
「母さん ひまわりの苗を移植したんですよ」
「朝顔の棚も作りました」
「少し遅くなったけれど
母さんのプランタにひなげしも蒔きましたから」
どんなに興味をそそるような話をしても
あれほど好きであった草花に
母は関心を示すことはありませんでした
だから僕等は花壇の話をやめました
昔の話で楽しませ窓の外に目をやりますと
雀がベランダに留まっているのが見えました
「こんな近くに雀」
誰にともなく言いますと
「夕方になると椋鳥(むくどり)がね
雲のように大群で飛んで来るんだ」
それは母の生まれ育った村の空のお話で
半世紀以上も昔に消えてしまった光景でした
窓のすぐ下に施設の花壇が見えました
赤く大根草が咲いていました
「こちらの黄色い花は何だろう
帰りに植物センターに寄ってみようか」
僕は小声で
母の背をさする妻に言いました
おやつの時間になり母は
仲間達の居る談話室に行きました
しばらく様子を見た後で
僕等は無言で帰って来ました
植物センターで苗の鉢を見ていると
妻は白蝶のようにして花から花を覗き込みます
「二人のプランタを買おうか」
木製のプランタを抱え
「新婚みたいね」
妻が言いました
五十歳を過ぎ
やっと新婚気分を味わったのです
すまなかったと僕は思いました
聞こえなかったふりをしながら
「重いだろ 俺が持つよ」
精一杯の詫びのつもりで言いました
平成14年 5月24目
高安義郎