親の注文  

高安義郎


 直也(なおや)は若い頃から理屈っぽく、文句を言うことが頭の良い証拠なのだと思い込んでいた。

そのせいか子供が生まれてもよく人に文句を言った。

 直也の子の良介(りようすけ)が小学生になった頃だった。良介は覇気(はき)がなく学校で水泳

のできない子のグループにいた。男の子は泳げなくてはと思った直也は、近くの水泳教室に通わせる

ことにした。だが良介の水嫌いは直らなかった。そこで直也は水泳教室に出向き、

「月謝を払っているのに、どうしてうちの子は泳げないんだ。それじゃ詐欺(さぎ)と同じじゃないか」

直也の言葉に水泳教室のコーチはむっとした顔をしながら、

「分かりました。明日からつきっきりで指導させていただきます」と答えた。

そんな事があってから良介は前より少しは泳げるようになったのだが、ある時、

「お父さん。水泳教室のコーチは僕にずうっとくっついていていやだ。僕、みんなと水かけごっこし

たりして遊びたい」

と愚痴(ぐち)を漏らした。早速直也はコーチの所に、

「うちの子にも水かけごっこをさせろ」

と言いに行った。コーチは、

「そうですね、自主的な練習の方が良いかも知れませんね」

そう言いながらもコーチは不安そうな顔をした。

 それからしばらくして、学校では学年別水泳大会があったが、町の水泳教室に通っている子は皆選手

に選ばれたものの、良介だけは補欠にもなれなかった。良介はそれっきり水泳教室をやめた。

 スポーツがだめならばと、直也は良介を学習塾に通わせた。ところが勉強が苦手なのか、先生の話は

聞いていないようだった。当然学校の成績はビリに近かった。直也は塾に出かけ、講師に向かって、

「成績をあげるのが塾の仕事だろ。金だけ取って成績が上がらなければ詐欺と同じだ」

そう言って責め立てた。

直也の剣幕は他の塾生の耳にも入り、

「良介の親父(おやじ)、かなり頭が悪いな。だからお前も成績悪いんだろ」

そんな悪口を言われるようになった。そのことを漏れ聞いた直也は愕然(がくぜん)とした。頭が悪い

と言われたことが初めてだったからである。どうしても納得がいかず仕事を休み塾の経営者を訪ねた。

「先生、私は正論を言っていると思うんですよ。私は車の設計をしていますが、お金をもら貰っている

以上、故障のない物をお客様に提供し、お客さんに喜んで貰えるものを作るように努力しています。

仕事ってそんな物でしょ」

塾の先生は黙って聞いていた。時折静かにうなづき、

「そうですね。それで?」

と話をうなが促した。

「ですから、塾に通わせているんですから、成績を上げるのは塾の仕事でしょ」

すると先生は静かに言った。

「お父さん、一つ、つかぬお話をしますがいいでしょうか」

「は?何ですか」

「例えばレストランに行ってお父さんが注文したハンバーグを子供さんが食べなかったとします。それ

はレストランが悪いんでしょうか。それともウェイトレスが、無理にでも口に運んでやるべきでしょうか」

「何の話だ。馬鹿言っちゃいけないよ。注文して食わなかったら、食わなかった子供が悪いに決まってる

だろ」

そう言った後で直也は、

「ハンバーグが嫌いってことは、つまりうちの子は勉強が嫌いだと言いたいんですか」

直也は言葉を荒げた。

「いえ、私が言いたいのは、好みも聞かずに親が押し付けたように注文する事について考えて欲しかった

のです」

直也は先生の言葉は単なる建前だと思ったものの、家に帰ると聞いてみたのだった。

「良介が一番やりたいことは何だ。何を言ってもいいぞ」

すると、

「本当?お父さんが嫌いな物でもいいの?それなら言うけど、僕、絵を描きたい」

直也はこれまで、国語や算数といった主要教科以外に目を向けなかった為、良介が絵を好きだったことを

知らなかったのだ。早速直也は良介を絵画教室に入れた。

 それからの良介は不思議なほど明るくなり、仲間とよく話すようになった。

 そして仲間の誘いで再び水泳教室と学習塾に通うようになると、たちまち水泳選手の補欠になり、いつ

の間にか成績も最下位から抜け出していたのだった。