むかしむかし遠い国の山の奥
人形彫りの翁がおった
小さな庭の片隅に
壊れ人形の塚があり
墓にリリンと星の光の降る晩は
火を炊き炉辺で
コッポリ コポリ 人形彫りで夜がふける
小鮒や猫や龍やらを彫り
ジジとババと孫共と
きまって翁は昔の家族を造ったものだ
ひとり暮らしで淋しい翁は
観客の無い人形芝居が楽しみだった
―――鮒に好かれた庄屋の子猫は
―――龍神様に思いを寄せて夜と夜を泣いた
―――龍神様は鮒のみごとな泳ぎっぷりに魅せられて
―――水と空と岸辺はいつも
―――逃げて泣き追って恨みの日が暮れた
―――それが愉快でジジとババ
―――孫共連れて見物に来る
お芝居はいつもそこで終わっておった
ある時翁は夢に仏のお声を聞いた
一人暮らしは淋しかろうから
人形共に命と心
明日の旭に届けさせよう
翁は目覚めて喜び踊った
可愛いい木彫りの孫共に
好いて欲しくて是が非と夢中に頼んだものだ
朝が待てずに飛び起きた
囲炉裏に火を入れ朝日を待ち侘び
あれやこれや 笑顔と声を想いめぐらし
遅い朝日を拝んで待った
やがて白く 連なる峰が浮き上がり
庭の隅の人形塚と孫子の墓に
うっすら光が届きかけたその時だった
翁は狂った者に似て
朝日を見ずに手にある木彫りを
赤く黒く火に燃していた
血を吐いて逝った孫子が脳裏にゆらぎ
ボロロ涙が灰にこぼれた
仏様への詫びも忘れて泣いていた
むかしむかし 遠い国の山の奥
今も コン カリ
木彫りを刻む音がする
