おばけのクリスマス

高安義郎

        

 ある年の十二月、それはクリスマスの前の晩のことでした。たまたま、おば
けの子供達が集まり、たわいもないおしゃべりをしていました。
「クリスマスだって言うのに、おいらの所にサンタなんかきたことないや」
一つ目小僧がつぶやきました。
「俺もプレゼントなんかもらったことないぜ」
一本足のから唐かさ傘こ小ぞう僧(からかさこぞう)がさびしそうに言いまし
た。          
             

「あたいもよ。でもプレゼントって言うのは、いらなくなった物をあげること
でしょ。そんなの迷惑なだけだよ。そうだろみんな」
ヌラリヒョンが言いました。それを聞いていたおかっぱ頭の座敷童(ざしきわ
らし)が、しょんぼり空を見ている雪ん子に、めくばせしながら、
「そんなことないよね。プレゼントはくれる人の心なんだから、そんな事を言
っちゃいけないよね。ねえ雪ん子ちゃん。そうだよね」
声をかけられた雪ん子は言いました。
「そうね。アタイのお母様は、人に物をあげるときは自分の一番良いと思う物
をあげなさいって言っていた」
 気が付くと暗い空から雪が降り始めていました。雪ん子は手を差し出して雪
を手に乗せました。雪ん子は雪女の一人娘です。手に乗った雪を見ながら雪ん
子は更に言いました。
「でもアタイ、プレゼントなんかいらない。アタイが一番欲しいのはお母様だ
け。もう一度お母様の冷たい手に抱かれたいの」
すると後ろの方で提灯小僧(ちょうちんこぞう)が
「今日は寒いから、寒い夜になるだろうよ。だから雪ん子は母さんが居なくた
って良いだろうさ」
そんな事を言ったのです。するとかみ髪もまつ毛も真っ白な美少女おばけの雪
ん子は青い目を光らせながら、
「お母様は雪女だから、体は冷たいけど心は暖かいの。アタイはアタイの心が
こごえているから、お母様の心で暖まりたいの」
悲しげに言ったのです。
そう言った後で雪ん子はぽろっと涙を流しました。涙はすぐに凍り水晶の玉に
なって転(ころ)がったのです。それを見た猫又が、
「まあきれい。ネックレスにしてあげるね」
そう言って涙を拾い上げると、水晶玉はくっつき合って一連のネックレスにな
りました。キラキラと輝くすばらしいネックレスです。そのネックレスを猫又
は座敷童の首にかけました。するとネックレスは立ちまち崩れ、粉雪のように
なって風と一緒に飛びちっていきました。
「人の悲しみを拾ったりするもんじゃない。なぐさめているつもりだろうが、
こぼれた涙はそっと見ているしかないんだ」
いつの間にか現れた煙のおばけのエンエンラが言いました。エンエンラはおば
け子供の中では一番の年上でした。
ですから辺(あた)りは一瞬静まりかえり、淋しい空気が張りつめました。
 しばらくして、周りの空気を打ち消すように割れ提灯が言いました。
「ねえ、皆であそこに見える大きな家に行ってみないか。窓の向こうにチラッ
と見えるのはクリスマスツリーみたいだよ。あの家に行って遊ぼうよ」
そう言って指さしました。すると唐傘小僧がさっと傘を広げたかと思うと、大
きなガラス窓の近くに飛んで行きました。そっとのぞくとそのガラスの部屋に
は天井に届きそうな立派なクリスマスツリーが飾られているのが見えました。
唐傘小僧は手招きをし、行きあぐねている皆を呼びました。皆がおそるおそる
近づい行きました。それでもろくろ首は警戒(けいかい)したまま動きません。
唐傘小僧はろくろ首の、首だけを近くに呼んで言いました。
「誰もいないからおいでよ。ツリーの小さな光がピカンピカンて手まね招きし
てるよ。何も心配いらないから」
 ろくろ首もやっと皆の居る窓際にやって来ました。そして皆いっせいに大き
な窓ガラスに顔をくっつけました。この家には三つの窓が有りました。皆がの
ぞいた大きな窓の横にある二つの窓には、温かそうな灯りがともっています。
 ろくろ首が自慢の首を伸ばし、三つの窓をそれぞれのぞき、家の中の様子を
皆に話しました。
「この家には子供が二人居て寝る支度(したく)をしているよ。パパさんはそ
の隣の部屋で書き物してるみたい。ただママさんが見当たらない。きっと子供
達を寝かしつけているのかな」
それを聞いて一つ目が目玉をぱちくりさせながら言いました。
「雪ん子もこの家のツリーを見れば元気になるよ。さっ、家の中に入ろうぜ」
一つ目が雪ん子の手を引いてふわりと浮き上がると、窓のすきまから家の中に
入りました。続いて唐傘おばけもエンエンラも、猫娘も皆同じように窓の隙間
から部屋の中に入っていきました。
「広い部屋だけどツリーは立派だね。でもこの部屋には何もないね。ここのマ
マさんは飾り物が嫌いなのかもね」
「かく隠れる所が少ないから見つかっちゃうよ」
「だいじょうぶ。普段俺達は人間の眼には見えないのさ。それに体を小さくし
てツリーの中でかくれんぼすればいいじゃないか。ジャングルに居るみたいで
楽しいぞ」
              

提灯小僧(ちょうちんこぞう)が言うと、皆は一寸法師(いっすんぼうし)ほ
どの大きさになり、ツリーの枝に隠れだしました。その時でした。男の子と女
の子が部屋に入って来たのです。男の子は何やら写真立てのような物をかかえ
ていました。
そこへパパさんが入って来ると優しい声で言いました。
「どうしたんだい、まだ寝なかったのかい。ツリーは逃げたりはしないよ」
すると女の子は寂しそうに小さな声で言いました。
「ママの写真を飾るのを忘れてたの」
男の子が持っていたのは子供達のお母さんの写真でした。お父さんが言いまし
た。
「そうだったね。今年からママは天国からこのツリーを見るんだったね。ママ
が入ってこれるように少し窓を開けようか」
そう言って少し窓を開けました。さっと風が入り込みツリーがかすかに揺れま
した。
 この子達のママは今年の夏、病気で亡くなっていたのでした。それを知った
雪ん子は、わっと声を出して泣きだしました。座敷童もつられて泣き出したの
です。泣き声は窓から吹き込んだ風にかき消されました。
「声を出したら見つかるよ」
一つ目小僧が言うと、
「声は聞こえないだろうけど、寂しい気持ちは伝わるんだろうね」
そう言ったエンエンラの眼も涙でうるんでいました。
「天国のママお休みなさい。写真、クリスマスツリーがよく見える所に置こう
ね。そしたら二人とももうお休み」
「パパお休みささい」
 子供達はママさんの笑顔の写真をツリーの根元に飾ると、パパの足にちょッ
と抱きついてから、ふり返りふり返り寝室に帰って行きました。
 ツリーの枝に腰かけたままお化け達は黙っていました。寂しいクリスマスを
送るこの家で、自分達だけ騒いではいけない気がしたのです。
「何かしてこの子達を喜ばせてやりたいと思うけど。みんなどうだい」
提灯小僧が言うと、
「そうだよ、おいら達がサンタクロースになろうよ」
「そうだね。サンタになって女の子にはお人形。男の子にはラジコンの飛行機
はどうだろう」
「それよりか、おい美味しい七面鳥のローストはどうだい。料理べ下た手のパ
パさんなら喜ぶよ」
「いや、愛する人を亡くした寂しさは、物では薄(うす)まらないんだよ。そ
れよりおばけのわし達にしか出来ないことを考えようじゃないか」
エンエンラが言いました。
「じゃどうすればいいのさ。驚ろかすの。俺達それしかできないだろ。それと
も夢の世界に連れて行くのかい」
「そんなことしたらもっとこわがって、もっとママさんを探したくなるんじゃ
ないかなあ」
 その時窓に北風が吹き付け、粉雪が牡丹雪(ぼたんゆき)に変わり、窓ガラ
スに当たってチリチリと鳴りました。窓から雪が舞い込みました。それに驚い
ておばけの皆が窓を見ると、窓の外に誰かが立っているのが見えました。
「誰かいるよ。雪男かなあ」
誰かが言いました。
「雪男は町中には来ないよ」
「わかった、あれは冬将軍だ」
「本当だ冬将軍だ」



            
いっせいに言いました。すると雪ん子が前に飛び出して言いました。
「冬将軍さん、あなたは私のおかあ母さま様を連れていったでしょ。お母様を
返えしてください。お母様は冬将軍の住む冬だけの世界なんか好きじゃないは
ずよ。それに私を置いてゆくはずないのよ。むりやり連れて行ったんでしょ」
雪ん子はそう叫びながら冬将軍の胸元に飛びかかりました。将軍は黙って雪ん
子の手を払(はら)いもせず立っていました。その時将軍の後ろからすうっと
現れた影がありました。その影は真っ白な着物を着、真っ白な顔のきれいな人
でした。なんとそれは雪ん子のお母さん、雪女でした。
「あっ、お母様だ。この世に帰られたんですね。うれしい。また一緒(いっし
ょ)に暮らしましょ。夏の暑い日にはまた二人でヒマラヤに行きましょう」
雪ん子は嬉しさのあまり早口になって言いました。すると雪女の母さんは静か
に言いました。
「母さんは千年しか居られないこの世で、千百年も暮らしてしまったの。それ
というのも跡継ぎ(あとつぎ)が居なかったからなの。でも丁度百年ほど前に
神様がお前をさずけてくださったのだよ。私は百年かけて、お前に生きる力を
受け渡したから、母さんの役目は終わり、冬将軍様にお願いして冬の世界に連
れて行っていただいたの。お前と母さんは百年一緒に暮らしたんだから、お前
はもう一人で母さんの代わりが出来るでしょ。これからお前は千年生きるんだ
よ。でもお前が悲しい顔をしていると母さんは迷ってしまうし悲しくもなる。
お前が楽しく暮らしてくれれば、それだけが母さんの願いだし、お前の楽しそ
うな顔を見るのが一番幸せなことなんだよ。どうかそんな悲しそうな顔はしな
いでおくれ。母さんはいつでもお前を見守っているからね」
黙って聞いていた雪ん子は静かに顔をあげました。
「お母様の気持ちはわかったけれど、それでも私寂しいの」
「いいえ、母さんはいつもお前の心の中に居るんだよ」
 母さんの言葉を聞いて雪ん子はしばらく黙っていました。やがて、
「分かったわお母様。私が楽しく生きていることが、お母様の命を立派に受け
ついだことになるのね」
小さな声で言いました。
 それを聞いた雪女の母さんはにっこり笑い、どんどん小さくなってゆきまし
た。そしていつの間にか白ウサギに姿を変え、暗い空にかけ上がって行ったの
でした。
遠のく白ウサギに呼びかけるように、
「わかったわお母様。もう悲しがらないよ。楽しく暮らします」
雪ん子は明るい声で言いました。
 雪女と雪ん子のやり取りを聞いていたお化け達は、しばらく黙って雪ん子が手
をふる姿を見つめていました。見ると猫娘は目に涙をためていました。唐傘小僧
は長い舌を引っ込めてうつむいています。猫又はツリーの根元で涙をふいていま
した。ろくろ首は首をちぢめて、部屋の隅で泣いていました。
 どのくらいの時がたったでしょうか、エンエンラが言いました。
「良いプレゼントを思いついたぞ。今晩あの家族の夢の中に入り込み、あの子の
ママにばけて、雪ん子の母さんの言ってたことを言ってやろうよ」
おばけ達は一斉(いっせい)に晴れやかな顔になりエンエンラの回りに集まりま
した。
「でもさ、僕達があの子達のお母さんに化けてもすぐにばれちゃうんじゃない
かなあ。まだ俺達は未熟なおばけだしなあ。自信ないよ」
そう言ったのは割れ提灯でした。
その言葉で又ひとしきり沈黙(ちんもく)が続きました。
 やがてエンエンラが言いました。
「それならわしが天国に行って、あの子のママさんを探し、夢の中に連れて来よ
う。本物のママならばれる心配はないからな。お前達おばけは花畑や広い海や山
の景色をつくって親子の対面をバックアップするのはどうだい」
それを聞いた皆はいっせいにグッドサインの握(にぎ)りこぶしをつき上げまし
た。
 エンエンラは皆の心が一つになったのを見ると、勢いよく窓から出て黒雲を突
き抜けて行きました。
 風に吹かれてまたたくまに天国についたエンエンラは驚きました。というのは
天国にはたくさんの入り口があって、どの入り口から探せば良いのか見当がつか
なったからです。仕方がないので目の前の入り口にあった事務所に入り、人を探
したいことを話しました。すると優しい笑顔の案内係の女性がこう教えてくれた
のす。
「亡くなった人を探しに来られる方は多いのですが、探すのは大変なんですよ。
何しろ入り口が八百万もありますから。入り口を探すにはまずお名前から生年月
日そして亡くなられた日時。更にどの町に生まれどこで大きくなり、生前どんお
仕事をして、どんな良いことをされたのか、どんないたずらをされたのか。それ
だけではありません。やり残したことはどんなことか等を調べて天国ポストに入
れなければ、登録係は亡くなられた方の天国での居場所を教えてくれないのです。
とても大変ですからお一人ではむりでしょう。はい、これが調べた事を書きこむ
用紙です」
 そう言ってアンケート用紙のような物を渡されたのです。エンエンラはママさ
んのことについて何も知りません。そこでもう一度おばけ仲間のところの帰り、
このことを話しました。
「よし分かった、皆で手分けして夜中の三時までに調べ上げよう」
雪ん子も唐傘お化けも座敷童も、急に目を輝かせました。
「それじゃママさんの知り合いを探したり役所の書類を調べたりするのに、わ
しの分身を助手につけよう」
そう言ってエンエンラはふっと息を吹きかけると、エンエンラの体は二つになり
ました。もう一度息をかけると今度は四つになり、四つが八つ、八つが十六にな
り、三十二になって、やがて二百五十六人になったかと思うと五百人を越えるエ
ンエンラになりました。
「このワシの分身が君らの探した書類などを読んで、逐一(ちくいち)わしに報
告に来てくれる。だからなるべくたくさんの情報を探して届けてくれ」
そう言うとまたエンエンラは天に向かって飛んで行きました。
 天国でエンエンラは地上から送られてくるたくさんの資料を読み込み、必要事
項をアンケートに書き込みました。
 一時間経ち二時間が過ぎ、夜中の三時が近づいた頃になっても、アンケートは
完成しません。必死になって作業するエンエンラや地上のおばけ達をのぞきめが
ねで見ていた案内係が言いました。
「大変な作業をされて、それほど亡くなられた方に会いたいのですか。その熱意
にめんじて数時間だけ、その方を近親者の夢の中に現れる許可を出しますよ」
「え?受付係の方がそんな事をして良いんですか」
エンエンラは驚きながら、そして不思議そうな顔で言ったのでした。すると受付
の女性は、
「ええ、地上に居るお友達の熱心な姿にも心うたれましたから。それに実は私は
受付係じゃないんです」
そう言って一枚の地図と小さな紙切れをエンエンラに渡しました。その時急に受
付係の脇に大勢の天女達が現れ、その中の一人が言いました。
「お嬢様、ここにおいででしたか。お探ししましたよ。お一人でお出かけになっ
てはならないと女王様から言われておいででしょう。
 ここは人間が最近見つけた天の川銀河ほどの広さがあるんです。迷子になられ
たらどうなさいます」
少しこわい顔で言いました。更に続けて、「さ、女王様の所に帰りましょう」
そう言ってさっと手を上げると、キラキラ輝くこし輿(こし)が現れ、受付の女
性を乗せるとあっという間に飛び去って、空の中に消えて行きました。
 エンエンラはしばらく狐につままれたような顔で立っていました。やがてはっ
と我に返り、渡された紙切れを見ました。そこには、『アンドロメダ通り西方三
万光年、第二天国十万地区、牡丹(ぼたん)通り八千番地』と書かれていました。
 エンエンラは半信半疑で渡された地図を広げ、その番地に行ってみると、クリ
スマスツリーの脇に立てた写真の顔のママさんが、静かにすわっている家があっ
たのでした。
              

「あの私お節介(せっかい)カンパニーの世話係のエン・・・の行者の遠縁にあた
る者ですが、実はあなたのお子さんやご主人の夢の中にお連れしたいと思いまし
てお迎えに来たものですが」
エンエンラは自分がおばけだとは言いづらく、ついウソをつきました。でもママ
さんは嬉しそうな顔で立ち上がりました。
 かくしてエンエンラ達は、この家のママさんを探し出し、一晩子供達の夢の中
に呼べるようにしたのでした。
           
 
  


翌朝子供達はうっすら積もった雪に喜び、雪で作ったウサギをツリーの根元に
飾りました。

 朝食の時、誰も夢の話はしませんでした。けれど、いつもよりずっと、ずっと
楽しそうな顔の三人が朝のテーブルにありました。