もう一人の俺

高安義郎


『一生添い遂げるんだから』あの時お前はそう言った」

「変わったのはあなたのせいだわ」

「俺が何をしたというんだ」

「自分の車ばかり磨いていたじゃないの」

「行きたい所に行く車だ 磨くのは当然だろ」

「私を置いてけぼりにするつもりだったんでしょ」

「お前の行きたい所なんか俺に分かるはずないじゃないか」

「あら、前に言ったはずよ平凡な丘の上って」

「だからそんな丘はないんだよ」

「あるわ ここがそうだと思った所がそこよ」

 

新婚当時の写真を鞄に入れながら妻は

「彼が迎えに来ているの」と言った

「彼って誰だ」

「私が一番信頼している人よ」

言い残して妻が玄関に出ると

向かいに来ていたのは何と

若い頃の俺自身だった

その男には俺の姿は見えないらしかった

 

がらんとした居間に一人で居ると

「食事ですよ」

白髪の増えた妻が俺を呼ぶ

かなり老けてはいるものの

出て行った妻と何処が違うのか分からない

「お前は出て行かないよな」

おそるおそる聞いてみると

「何を今更馬鹿なこと言ってるの」と首をかしげた

 

出て行った妻と男の二人は

それ依頼行き方知れずのままである