○ヤーフが話した汗牛国

 ヤーフはこの国に降り立ち、モモチという少年と仲良くなったそうです。汗牛国

(かんんぎゅうこく)の様子はほとんどこのモモチから聞いた話だと言っていま

した。モモチはこう話したそうです。

「この国の子供達は、生まれるとすぐ親が将来の道筋を考え家庭教師をつけて、

様々な習い事をさせられるんです。中には元々才能があって、天才的な成果を発揮

する子もいますが、ほとんどの子は皆親に言われていやいやながら習い事をする

んです」

そう話してくれたモモチは、実は人から天才と言われる記憶力の持ち主らしく、五

歳までに多くの著名人の伝記を読み、古典文学を読破し、十歳までに三カ国の言葉

を習得したそうです。モモチだけではありません。汗牛国の人達の大半は一生の間

に万巻の書を読破(どくは)すると言うのです。万巻と言えば、およそ一生の間に

一万冊の本を読むことになります。ということは平均千頁の本を二日前後で一冊

読みきることになるのですが、そのせいか多くの事をよく知っており、その中でも

最も正確に内容を記憶している人が立派な人として尊敬されるのだそうです。

「頭がいいのは生まれつきなの?きっと神様が応援してるんでしょ。それだった

ら神様の力で僕の成績を上げてくれないかなあ」

報告の途中なのに健太はこの国の人達がうらやましくなり、ヤーフの報告をさえ

ぎるようにそんな事を頼んでみました。すると、

「さっきも言ったでしょ。神というのはただ置かれている人形と同じで、人の心を

休ませてはやれるけど、人間のすることに口ははさまないのさ。手を出したくたっ

て僕らは人間に触(さわ)ることも出来ないし、何かを教えようとしても僕の声は

聞こえないんだから」

「だって、今聞こえてるじゃないか」

「そりゃそうだよ、今君は僕らの世界にいるからさ。神の世界以外の所ではね、僕

らは自由に動けないのさ。だから、人間はこうなりたいと思ったら自分が努力して

手に入れなければならないんだよ。

 最も人間には生まれながら恵まれた才能の人もいる。でも才能は神が授けてい

るんじゃないよ。偶然なんだ。何しろ人間は何十億人っているから、良くも悪くも、

いろんな能力の人が産まれるのさ。背丈の高さが様々な様にね。でもそれが必ずし

も幸せってことにはならないんだけれどね。

 それは君だって知ってるくせに。ただね、成績が上がれば神様のお陰だと思っ

て、お礼参りをする人がいるだけだよ。そんなとき僕らはね、それは君の努力のた

まものだよって言ってやるんだけど、むろん僕らの声は聞こえないけどさ」

そう言った後でヤーフは話を続けました。ヤーフはこんな話もしたのです。

「この国で優秀な子は、今絶頂期(ぜっちょうき)にある会社に就職するのだそう

です。高い給料で、周りの人から羨(うらや)ましがられるといいます。ところが

異論を呈する者もいるそうです。絶頂期(ぜっちょうき)は長く続かないだろうか

ら定年までその会社が続くとは限らないぞ、と二流三流の会社に入社した者達が

言うと、その言葉を受けて、このまま頂点を維持(いじ)し、さらなる高みを目指

すのが優秀な俺達の仕事だ、と言って二流会社に就職した者を見下すのだそうで

す。実際一流だった会社が倒産する場合もあれば、更に世界的にのし上がる会社も

あって、どちらが良いのかよく分からない」と言うのです。更にヤーフは話を続け

ました。

「天才と言われるモモチは少しも幸せを感じなかったそうだよ。あらゆる事を知

ったからって、それが何になるんだろうかって疑問を持ち始めてね、旅に出てみよ

うと思ったらしい。それで十四歳になったある日、伝統があるという噂(うわさ)

のある地上世界、それは後でシッタが話してくれる国のことだけどね。その国を見

てみようと思い立ち、旅をしたんだそうだよ。

 その国の真ん中あたりにある京都という町に行き、見物して回わっていたんだ

けどね、モモチにはガイドブックは一切いらないほど周りのことを知っていたら

しい。なにしろ京の故事来歴(こじらいれき)はすべて書物で熟知(じゅくち)し

ていたんだって。そしてぶらぶら歩いて、清水寺という古いお寺にやって来た。そ

こには音羽の滝という小さな人工の滝があって、そこからは清水寺の舞台造りが

よく見えたんだって。

 モモチがこの舞台造りを見上げていた時のことだけど、懸命(けんめい)にメモ

を取る少女が目についたんだ。その少女は何やら、ひとりごとを言っていたそうだ」

「どんなことを言ってたんだって?」

「これが、清水の舞台(ぶたい)から飛び降りた気持ちになって、と言う時の、そ

の舞台作りなのね、って呟(つぶや)きながらノートにメモしてたらしい」

モモチは気になって声をかけたそうだ。

『キミは誰?何をメモしているの』ってね。

するとふり返ったその子は目の大きな可愛い顔で、真白な細い指で自分の顔を指

さして、

「アタイ?アタイ不文国のムーチ。この舞台アタイ初めて見たからメモをしてスマ

ホで写真を撮(と)っていたの。あなたは?」

と聞いてきたそうです。モモチは初めて見る可愛いい女の子にぼうっとしながら、

「僕は汗牛国のモモチ。君もこの国に見学しに来たんだね。君が不文国の人だった

ら、君の国のことを少し話してくれないかな。僕の国には不文国のことについて書

かれた本がないからさ」

するとムーチがこう言ったそうです。

「いいわよ。不文国に住む人の特徴(とくちょう)は、怒られないと勉強しないし、

見ている人が居ないと働かない怠(なま)け者が多くて、よく言えば大らかだから、

面倒な事には係わらないようにするのがこの国の人柄(ひとがら)なの。アタイも

本気になって勉強したことなんかないし」

そう言って笑ったそうです。

 ヤーフがここまで話すと、

「不文国のことについては僕が話すよ」

そう言ってヤオが立ち上がり話し出しました。 

○ヤオが話した『不文国』

 ヤオは不文国に行き、そこで出会った人ごとに聞いた話は次のようにものだった

といいます。

 不文国の住人は何事にも不思議を感じず、よく言えば有るがままに受け入れ、不

思議に思ったり変わった現象などに巡(めぐ)り会っても、それを確かめようとは

思わず、ましてやもう一度見てみようなどとは思わないというのです。例えばオー

ロラのような不思議な自然現象を見ても、そのメカニズムを研究しようとはせず、

不思議なことは皆神の御業(みわざ)だと言って納得(なっとく)してしまうと言

うのです。別の人に聞くと、住民の中には親の名さえ知らない者もいるらしいの

です。学校はあるものの生徒は殆ど登校せず、生徒名簿には沢山(たくさん)の名

前が記されているが、登校する生徒は数ヶ月に一度くらいで、それでも夕方になる

と部活動のために何人か集まって来るものの、大して活動も練習もせず、仲間とた

だおしゃべりをするのが中心だというのです。

 学校を卒業すると、大学か就職かを決めるのですが、大学はどこも定員割れなの

で無試験で入れ、入学しても授業に出る学生はほとんどいないそうで、就職しよう

と思うと、どこも人手不足なのですぐに雇(やと)ってもらえるそうです。何しろ

従業員は一ヶ月も務まらず、すぐに飽(あ)きて止めてしまうからだそうです。

 そんな人達がどうやって生活をしているのかと聞くと、どこか知らない国から

援助される生活保護で、のんきに暮らしているのだというのです。毎日やりたいこ

とをして楽しく生きるというのが、この国のモットーなのだそうです。

「そんな生活、生きがいがないでしょ。人間というのは皆知りたがり屋だし欲張り

だから、そんな何もない生き方は辛いでしょ」

公園のベンチで居眠りをしている老人に声をかけて聞くと、その人は、

「どうして辛(つら)いの?むろん贅沢(ぜいたく)は出来ないけど、ご飯は食べ

られるし、人より上に立とうなんて思う人はいないから変な競争は起きないし、た

またま出世しても誰もうらやましがったりしない。

 変に競争をしようとすると相手を蹴落(けおと)としたり陰口(かげぐち)をき

いたり、相手を傷つけたりするでしょ。それが嫌で欲や見栄をはらない国民になっ

たのであって、それだからこそ平和が保たれているのさ。よその国に比べるとこの

国の犯罪率はゼロとは言わないが非常に低いんだぜ。これを幸せと言わずに何と

する」そう言われてヤオは、

「僕の知っているある国、汗牛国っていうんだけど、そこでは物事を知らない人間

は馬鹿(ばか)にされ、多くの事を知っている者は尊敬(そんけい)されて、銅像

まで建てられたりするんだ。人から尊敬されればされるほど幸せを感じるんだけ

どなあ。あなたの国では、あまり勉強しないように見受けられるけど、それで幸せ

を感じるのって不思議だなあ」

ちょっと意地悪なそんな質問をヤオはしたそうです。すると、こう答えたというの

です。

「そうだね、何が幸せの基準か分からないんけど、少なくとも、わしは不幸ではな

いさ。それじゃあ、わしの方から聞くけど、何でも知っていると幸せを感じるのか

ね」

「そりゃあそうでしょ。多くの人から尊敬されるもの」

「それじゃ人と比べて少しでも劣(おと)ると悔しくなるんでしょうな。そうする

とそれを見返そうとしてもっと勉強する。すると相手ももっと勉強して夜も眠れ

なくなっちまう。それってつまらなくないかね。

知りたいことがあったら今の時代は辞書もあるしスマホもあるだろ。いくら頑張

(がんば)ったって電子辞書やスマホの入力量に勝てる人間はいないだろ。それに

知識というものは深まれば深まるほど疑問も深まるものさ」

 そう答え、公園の老人は大きな欠伸(あくび)をして立ち去ったというのです。

一瞬、間があってヤーフが言いました。

「さて、これで汗牛国と不文国の話しを聞いたけどシッタ君、君はどんな国に行

って見聞きしてきたのか話してくれないか」

そう言われてシッタが口を開いたのでした。

○シッタが話した『波国』(なみこく)

  シッタはゆっくり立ち上がり、少し考えてから話し出しました。

「僕が見てきた国は名前のない国だったんだ。だから『波国』ってのは僕が勝手に

付けた名前なんだけど、まあ聞いてくれよ。

 僕が最初に降り立ったところが何処(どこ)かの浜辺で、波が打ち寄せていたか

ら、波の国とつけたんだけど、この国を見物して歩くとね、あまりこれと言った特

徴がなくて退屈(たいくつ)だった。 ただ、今二人の話を聞いていて思ったんだ

けど、この国は汗牛国と不文国の人達の混ぜ合わせみたいな国と言えば良いのか

も知れないなあ」

「ほほう、どんな風に混ぜ合わせているの」

ヤーフが聞くと、シッタがおもむろに答えました。

「努力家もいれば怠け者もいる。でもどちらが幸せかっていうと、どちらとも言え

ない。 そもそも幸せの基準が人それぞれで違うんだ。学歴があってもなくても、

お金があってもなくとも、幸せを感じる人もいれば感じない人もいる。時にはよそ

から見ると幸せの典型的な人が、実は信じられないようなつまらない事に悩(なや)

んで、不幸を感じていたりする。物の価値に対する考え方も人それぞれなんだ。た

とえばね、ゴミ箱に捨てられていても可笑(おか)しくないブリキのおもちゃを売

っている骨董屋(こっとうや)から、高いお金を払って買い入れて、この上ない幸

せそうな顔している人がいたかと思うと、有名な画家が描いた絵を、物置に入れた

まま埃(ほこり)をかぶっていても、何とも思わなかったりさ。だから幸せってい

うのは人それぞれに感じるものらしいんだ。 それから自分の事だけしか考えな

い人もいるし、人のためになろうとして身銭(みぜに)を切ってまでボランティア

に頑張(がんば)る人もいる。

 この国はそんないろんな人のまぜこぜなんだ。お金持ちはもっと金持ちになろ

うとするし、有名になった人はもっと有名になろうとして頑張り、人を押しのけた

りする人がいたかと思うと、有名人や力のある人の近くに居るだけで楽しめる人

もいる。虎(とら)の威(い)を借る狐(きつね)になって威張(いば)っている

人もいる。有名人には全く興味のない人もいる」

「それは、いつからそうなったのかなあ」とヤオが聞くと、

「昔からずっとさ。今の時代にも続いているようだよ」

と言って顔を曇らせ、更に続けました。

「だけどね、ほとんどの人は他人と仲良く暮らそうとしているんだ。その人達はお

金持ちでもなく貧乏(びんぼう)でもなく、そんなに偉くもなくて、ほどほどに努

力をしていて、のんびり暮らしているんだ。そして時間を作ってはゴルフや水泳や

登山などと、好きなスポーツを楽しみ、かと思うと音楽のサークルで演奏したり、

俳句や詩の同人会で楽しんだりしている。ただその人達はね、それが唯一の幸せな

ことだとはあまり思っていないみたい。勿論(もちろん)不幸とも思ってもいない

みたいなんだ。それから、学校を卒業すると、あまり難(むずか)しく考えないで

就職する。自分に合っているかどうかもあまり考えないようだよ。ただ、汗牛国の

人達のように成績の良い会社にあまり魅力を感じてないようだ。今好調でもやが

ては下降線を辿(たど)るだけだろうからって言ってね。だからこれから伸びよう

とする会社が人気があるんだ。それはあまりきびしくなさそうだから自分に合っ

ていると思うからかも知れないけどね。

 最近は役職に就(つ)くことに魅力を感じない若者が増えているらしい。ある初

老の人はこう言っていた。

『わしのように万年係長で和気藹々(わきあいあい)と仕事をし、暖かい家庭に早

く帰るのが理想と言えば理想だね』ってね。

  シッタの話を聞いていた皆は、口々に、「波国の人達は不思議な国民だねえ」

と言いあったのでした。

○報告会がすんで

 三人の報告が終わると、健太も神の子の三人も考え込んでしまいました。  やや

暫(しばら)くしてヤーフが言いました。

「三つの国について報告されたけど、どの国が一番良いと思うか言ってくれない

かな」

やはり誰も口を効こうとしませんでした。

「それじゃ質問を変えよう。どこの国に生まれたら、一番生き甲斐(がい)がある

と思うか言ってくれないかな」

するとヤオが質問しました。

「生まれることに甲斐なんてあるのかい。そもそも生まれるって事は偶然(ぐうぜ

ん)であって、生まれたくて生まれたんじゃないでしょ。だから生き甲斐なんても

のがあるとは思えないんだけどなあ。ヤーフ君はどう思う?」

「僕の父さんは、人間が生まれるのは僕の父さんの計画に寄るものだって、誰かが

言ってたのを聞いたことがあったけど、父さんがそんな計画を立てているところ

なんか見たことないから、父さんの設計で人は生まれるの?って聞いた事があっ

たんだ。そしたら父さんは、

『父さんが言ってることじゃないさ。ファンの誰かが勝手に言っているだけだよ』

そういって笑っていたよ。そう言えば父さんのファンの一人が書いた本にね、

『その国の苦境(くきょう)を救う偉人(いじん)は、十年の歳月を待たねばなら

なかった』

なんていう文が書かれているのを見たことがあるけど。その本のお陰で父さんが

人の誕生を計画しているみたいに思われるようになってしまったみたいなんだ」

聞いていたヤオが言いました。

「確かに人の誕生は誰の計画でもなくて、単なる偶然だろうけど、生まれてやがて

自我(じが)が育ってくると、生き甲斐を考えるようになるのが人間と言う生き者

の自然な姿なんじゃないのかな。そこが人間と動物の違う所だと思うんだ。だから

生き甲斐ってのは有るとかないとかじゃなくて、自分で創(つく)るか、見つける

ものなんじゃないの?そのためには自分の生きている社会や世界を理解し、自分

の存在を確認(にんしき)しようとしたりする。そのためには自然とか社会の仕組

みとか、時には広い宇宙の仕組みなんかも知りたいと思うようになるんだろうと

思うよ。 それは欲ではなくて単に好奇心(こうきしん)だと思うんだ。好奇心は

正しいとか正しくないとかはなくて、目や鼻が有るように、人間が持って生まれた

資質(ししつ)でしょ」

ヤオの話を聞いてヤーフが言いました。

「なるほどなあ。有るがままに生きて、作り話のような贅沢(ぜいたく)など考え

ず、美しいと感じる景色の中で暮らし、子供が元気に育つことを最高の幸せと思う

生き方、それが生き者としての人間の生き方なのかも知れないなあ」

するとシッタが言いました。

「子孫の繁栄(はんえい)がそれほど幸せなことかい。どんなに子孫が増えたって、

いつか地上の生き物は皆いなくなるんじゃないのかなあ。科学が発達して宇宙の

成り立ちまで解明できたとして、それでどうなるの?なんだかそれ、汗牛国の知り

たがりに似(に)ているなあ。知ることにどんな意味があるのさ。いろんな事を知

ったとしたって、生き者は必ずいなくなる。宇宙だって何十兆年後かには消滅(し

ょうめつ)するんだよ」

「それを言ったら身もふたもないじゃないか。そうじゃなくて、宇宙のことに限ら

ず、不思議に思うことは何でも知りたく思うのが人間なんだから、生きている時に

知るだけで良いのさ。野原に花が咲いているのを見て『きれいだね』って見つめる

のと同じさ。不思議な手品を見て種明かしを知りたく思うのと同じで、自分なりに

納得(なっとく)したいのさ。 花を見ている時、これは何時かは枯れるんだろう

な、なんて思いながら見たりしないのと同じさ」

「なるほど、生き甲斐(がい)というのは、生きている時のかすかな喜びってこと

なのかな。皆もそう思うかい」

ヤオが皆を見回して同意を得るように言うと、誰もヤオの言葉に同意しづらかっ

たのか答えられないまま黙(だま)っていました。

 この後は誰が言ったのか覚えていないのですが、健太の頭に残ったことどもを

ただメモしておこうと思うのでした。

ノートに残してあった言葉は次のような事でした。

「知りたいことを知ったからって、社会が豊かになるわけじゃないらしい。それに

しても波国にはいろんな遊びや食べ物があって楽しそうだ。物知りの汗牛国は知

りたいことをとことん知ろうとするのもいいけど、知ったからと言って、世の中が

豊かになるわけじゃない」

「いいや国が豊かになるとかではかくて心が豊かになるんじゃないかなあ」

「不思議(ふしぎ)に思うのは、波国の方がなんだか楽しそうに思えるんだけど」

「実は僕もね、波国の方が親しみやすい気がするんだ」

「でも生きることを面倒(めんどう)がってはいけないと思うよ」

「そうそう、汗牛国みたいに強制的(きょうせいてき)に勉強させられるのは嫌だ

けど、自分の興味に会わせて自由にやりたいね。そんな意味で、やはり波国の方が

良いと思う」

「そうすると、何か目的を持つべきだって事なんだね。人間は鳥篭(とりかご)の

中の鳥じゃないんだから、安全と食べ物だけがあればいいというわけじゃないん

だね」

「だから自分がより良く生きるためにはどうする事がベストか考えたら、それに

向かってできるだけ頑張(がんば)れば良いんじゃないのかなあ」

「そうそう。それで成功したって失敗したって、そんなことは時の運だから、成功

して褒(ほ)められることもなく、失敗してもけなされることもなく、たんたんと

生きればそれが立派な生き方なんじゃないのかな。篭(かご)の中の鳥ではいけな

いってことか」

 そんな三人の話しを読み返して健太は、なぜか嬉しくなってきました。そこでつ

い大声で、

「そうだよ。それだよ」と、叫(さけ)び声を上げたのでした。

その時、

「何を寝(ね)ぼけてるの、大声を出して。早く自分の部屋に行って宿題しなさい。

そんなところで寝てたら風邪(かぜ)をひくじゃないの」

 洗濯物(せんたくもの)を取り込みに来た母の声で健太は目が覚(さ)めたので

した。

 庭先の梅の木にいたシジュウカラらしい小鳥が数羽、一斉(いっせい)に飛び立

ちました。

 健太は雲の中のような長椅子の上で夢を見ていたようです。

「それにして、よくもまあこんな面倒(めんどう)くさい奴(やつ)らの、屁理屈

(へりくつ)の言いほうだいの変な夢を見たものだ」

そう呟(つぶや)いて、健太は立ち上がったのでした。



                       
雲の長椅子 2

高安義郎