(くものながいす)その1            高安義郎  
                                                                             

 

 

    ベランダに行ってみると

 

 健太が中学二年生になったばかりの四月のことでした。桜の花も終わり、梅

の枝に小さな実がたくさんつき始めた頃のことです。

 そんなある日曜日のこと、昼食後ゲーム機を手にし時間を持て余していると、

「宿題は終わったの?いつかのように、赤点で先生に呼び出されるのは、お母

さんいやだからね」

そんな母さんの金切り声が聞こえてきました。何で好きでもない勉強をしなけ

ればいけないんだろう。なんで親は有名大学に行かせたがるのだろうかと、不

思議に思うのでした。

「健太、聞こえてるの?」

また火の粉のような声が聞こえてきたので、仕方なく、

「ちょっと休んでからやるよ。そんなに何回も言われるとやる気がなくなるよ」

そう言って、虫干ししようと言って父が二階のベランダに出した長椅子に腰か

けました。

 その日は良い天気で、暑くもなく寒くもなく、こんなのんびりできる日がず

っと続けば良いのにと思いながら、少しの間ひなたぼっこを楽しむことにした

のです。そのうちになぜか急に眠くなり、ちょっと目をつぶった時でした。

「ここに座(すわ)っていいかい」

そんな声をかけてきた人がいたのです。その人の年格好(かっこう)は健太と

同じくらいの少年ですが、見たことのない服を着ていました。背たけは健太と

同じくらいでどこにでもいるような子でしたが、髪の毛は女の子のようなおか

っぱで、その髪は肩まで伸(の)びているいわゆる長髪(ちょうはつ)でした。

健太は軽くうなづき、少し席をあけるとその少年は健太を横目で見ながら座り

こみ、

「ここで何をしていたの。誰かと待ち合わせかい」

と聞いてきたのでした。

「待ち合わせじゃなくて、ただのひなたぼっこだけど」

健太は愛想(あいそう)のないいい方で答えました。すると長髪の子は、

「実は僕、この雲の長椅子(ながいす)で友達と待ち合わせをしてるんだけど

なあ」

と言うのです。健太はわが家の椅子なのに勝手(かって)に待ち合わせに使っ

ていることに違和感(いわかん)を抱(いだ)きましたが、それよりも『雲の

長椅子』と言う言葉に最(もっとも)も違和感(いわかん)を感じました。何

のことかよく分からないまま、ちょっと足元に目をやると、なんと古い長椅子

は雲でできたソファーになっていたのでした。こんなソファーは見たこともな

いし、しかも大きいのです。

不思議に思っていると、いつのまにかまた一人の少年があらわれ

「よっ、お待ちどう。久しぶり。良い報告(ほうこく)が出来ると思うよ」

そんなことを言いながらあらわれたのです。見るとその子の髪は耳元でたばね

られており、日本の古代人の角髪(みずら)のように見えました。健太がいる

ことに気づくと、

「この子は君の新しい友達かい」

長髪の子に聞きながらすわり、

「まだシッタ君が来てないねえ。あの子は遠くから来るからね。シッタ君が来

るまでひなたぼっことしゃれこもうかな」

ひとり言のように言った後で、

「ところで君は何ていったっけ」

健太の顔をのぞきこんで言いました。初対面なのだから名前なんか聞いたこと

はないはずで、『何ていったっけ』という言葉にまたまた違和感(いわかん)

を感じるのでした。それでも健太は立ち上がり、

「僕、山中健太(やまなかけんた)と言います。中学一年、いや二年生になっ

たばかりだけど。それにしても不思議に皆は昔からの友達みたいな感じがして

るんだ。

なぜだろう。ところで僕はこのままここにいていいかなあ」

普段(ふだん)はひっこみじあんの健太だけれど、この時は自然に言葉が出て

きたのでした。

「勿論(もちろん)だよ。僕らは昔から君のことは見ているから顔は知ってい

るんだよ。一緒(いっしょ)にひなたぼっこしながらおしゃべりしようよ。も

う一人が来たら、皆が調べたことの報告が始まって、きっと面白(おもしろ)

い話が聞けるよ」

そう言って、健太をまじえた三人は丸くなって座りました。気づくと長椅子は

いつの間にか円形にすえられたソファーになっており、真ん中には真っ白な丸

テーブルが置かれていました。

 健太は目のやり場に困って空を見上げると、シジュウカラらしい小鳥が数羽

飛んできて、テーブルの上に止まったのです。その小鳥に角髪(みずら)の子

が手をさし出し指先で小鳥の頭や背中をやさしくなでました。すると小鳥は気

持ちよさそうに、少年の指先を目で追うような仕草(しぐさ)をしました。健

太もやってみたいと思いそっと手を出すと、鳥たちは驚いたように一斉(いっ

せい)に飛び立っていなくなりました。


同じように静かに手を出したのに、角髪(みずら)の子と何が違うのだろうか。

少しばかり不思議を感じた健太でした。その時長髪(ちょうはつ9の子が言い

ました。

「僕達は君のことをよく目にしてるんだけど、君は僕達のことは知らないだろ

うから紹介(しょうかい)するね」

 そう言って紹介しはじめたのです。二人とも変わった名前でした。髪の毛の

長いその子は『ヤーフ』といい、角髪(みずら)の子は『ヤオ』と紹介(しょ

うかい)されました。そこへまた一人の少年があらわれ、ハイタッチをしなが

ら輪の中に入ってきたのです。

その子の名は『シッタ』と言いました。この子はちょっと色黒で、髪はパンチ

パーマをかけたようなくるくるまいた可愛(かわい)い髪形(かみがた)をし

ていました。

  三人がそろうととヤーフが言いました。

「それじゃあ報告会を始めるけど、その前に健太君に言っておきたいとがある

んだ。これを言うときっと健太君は驚くかも知れないけれど。実は僕達三人は

神様の子供なんだ。人は神のことを一柱(ひとはしら)、二柱(ふたはしら)

って数(かぞ)えるようだけど、人間の君に合わせて一人二人って言うからね」

 それを聞いて健太は腰がぬけるほど驚いたのですが、どうせ何かの冗談(じ

ょうだん)か子供がよくやるなり切りごっこ、あるいはハロウィンのような仮

想(かそう)の類(たぐい)いだろうと思うと、何故か急に冷静(れいせい)

さを取り戻し   1にっこり笑えたりしたのでした。

でも更(さら)にヤーフの話しを聞いていると、本当にこの少年達は人間では

ないような気もしてきました。先ほどの小鳥にしても、本当に神の子だから小

鳥たちには見る事が出来ず、指先で触(さわ)られても風に吹かれたように感

じていただけかもしれない。そんなふうにも思えてきたのでした。

 更に説明を聞いていると、この子達三人は最近生まれたばかりで、まだ十歳

ほどの少年神だと言うのです。十歳と言っても人間の世界では百歳くらいに相

当(そうとう)するらしいのです。ちなみにこの子達の父さん達は二千歳だっ

たり三千歳を越える神だというのです。神様は長生きで成長もゆっくりなのだ

と説明されましたがどうせ作り話だろうと思い、面白(おもしろ)そうなので

信じたふりをして聞いていると、こんなことも言っていたのです。

 この三人の少年神達は兄弟ではなく、遠い親戚(しんせき)だというのです。

 そんなことより、そう言えば最初に長髪の子が、『面白い話しが聞ける』と

言っていたのを思い出し健太は聞いてみました。

「これから何か、面白(おもしろ)い報告が始まるの」

すると、

「今日はこれまで見てきた国の報告会(ほうこくかい)があるんだよ。健太君

は三人の話を聞いて一番面白かったのはどの国の話か審査(しんさ)してもら

いたいんだけどな」

いきなりそんな事を言われて、ちょっと戸惑(とまど)いはしたものの、どう

せうわさ話しだろうからと思い、気軽に承諾(しょうだく)したのでした。

「それじゃ始める前に、君達の近況報告(きんきょうほうこく)があったら話

してよ」

ヤーフが言うと、

「近況というほどでもないんだけど、あの林の入り口にある青い屋根の家に子

供が生まれたよ。どんな子になるんだろうね」

眼下〈がんか〉に見える林の先の一軒家(いっけんや)を指さしてヤオという

子が言いました。

「そうだね、ひと月ほど前の事だね。あの家では三人目の子供だ。あの子は勉

強好きかな、それともスポーツ好きかな。何になりたがるだろうかね」

ヤーフが言うと、

「スポーツ選手かもしれないな。父親が陸上選手だったからね」

とヤオが言うと、シッタが、

「大通り(おおどおり)の入り口にあるアパートの五号室でも女の子が生まれ

た。あの子は泣き声が大きいから歌手にでもなるんだろうか」

そんなことを話しているのです。それを聞いていると、やはりこの少年達はた

だの子供ではないのではないかと思えてきたのでした。そこで健太は聞いてみ

ました。

「人間の子供が成長する時って、神様の君達は才能を授(さず)けたり頭を良

くしてあげたりとかお手伝いするの。もしかして僕の頭も良くしてもらえたり

とか」

するとちょっと首をかしげながらヤーフがこんなことを言いました。

「いいや、何もしないよ。僕達は地上の物には触(さわ)れないだ」

関心なさそうな顔でさらりと言ったのです。それを聞いて健太は小鳥が逃げな

かったわけと関係ありそうな気がしてきました。

 ただ、この少年達は神様と言っても子供だから、何も出来ないだけなのかも

しれないと思い、さらに聞いてみました。

「それじゃ君達のお父さん達が人間にいろいろな知恵を授(さず)けたり、幸

を授けたりして、楽しく生きるための手伝いをしたりするんでしょ。神様は天

気も左右出来るんでしょ。伝染病(でんせんびょう)が蔓延(まんえん)した

時なんかも、悪霊退散(あくりょうたいさん)をして直(なお)してくれるっ

て聞いてるよ」

いかにも僕は知っているんだよと言う顔で言うと、またまた、

「僕達だけじゃなくて、父さん達も何もしないさ。悪霊退散なんて知らないよ。

ねえみんな、そうだろ」

すると三人が三人、そろってうなづいたのです。

「それじゃ神様は何をするの?」

人は神社や教会で祈(いの)ったり(がん)をかけたりするのは意味がない

ではないかと思ったのです。そこでちょっときつい言い方で、

「じゃあなんで人は神頼(かみだの)みしたり、お祭りしたりするんだろ」

と聞いてみました。するとこう言うのです。

「もともと神というのは、父さん達も僕達も何もしないものなんだよ。ただね、

僕達にはファンがたくさんいてね、いってみればファンクラブの人達が僕達に

向かってお祈りしたりするんだ。何か良いことがあったり成功したりすると、

神様のおかげだとか言ってありがたがるんだ。でもそれって単なる思い込みか、

気を休めるための習慣(しゅうかん)みたいなものでしかないと思うんだ。

 何にもしてないのにお礼を言われるのって、ちょっとこそばゆいけど、もう

慣(な)れたよ」

そんなことをヤーフが言ったのでした。

健太は気を取り直してこんなことも聞いてみました。

「ファンがいるっていうけど、そのファンてたくさんいるの。歌を歌ったり踊

ったりするタレントみたいにかい」

この時健太は今人気のあるタレントや俳優(はいゆう)を思い浮かべていたの

です。健太の質問にヤオがおもむろに口を開いてこう言いました。

「うん、そうだねファンはたくさんいるよ。でも僕らのファンは芸能(げいの

う)関係とは違(ちが)うファンさ。最近そのファンが少し減(へ)ってきた

けど、それでも一番多くのファンがいるのはヤーフ君かな。でもフアンが多く

って少なくたって僕達は関係ないけどね。

 ただ困ったファンもいるんだよ。同じファンなのに誰が偉(えら)いとか偉

くないとかと言ってファン同士で位付(くらいづ)けしたり、時にはけんかを

したりするんだ。それにね、ファン仲間をふやした人が偉いと言われて、クラ

ブの中の順位(じゅんい)が上がるみたいで、ファンクラブの中でも上中下の

順があるんだよ。変な話しだよね。

 今までのファンクラブが嫌(いや)になって、別の神のファンクラブに鞍替

(くらがえ)したりするとね、異端者(いたんしゃ)呼ばわりしてそりゃひど

い喧嘩(けんか)になったりするんだ。それは異端戦争(いたんせんそう)と

言って千年以上の昔から続く争いになるんだ。全く困ったものだよ。そんな喧

嘩(けんか)は今でも続いていて、父さんが一番残念がっていることなんだ」

「誰が誰のファンになったっていいじゃないのかなあ。ファンクラブが違うだ

けでいがみ合うってのは、本当のファンとは言えないんじゃないの?何とか仲

直りさせられたらいいのにねえ」

「それがだめなんだ。喧嘩してもいいってファンクラブの会長が言うんだよ。

僕の父さんが『ファンを抹殺(まっさつ)しろ』って言っている、なんてそん

な嘘(うそ)をついているんだもの。そんな嘘を真(ま)に受けている人達が

互い傷つけ合ったりしているんだ」

それを聞いて健太は、

『ファンってのは自己中(じこちゅう)な人が多くてわがままで、頭が固い人

達なんじゃないのかな』

と、そんなひとりごとをもらすのでした。

  しばらく話し声が途絶(とだ)えた後で、周(まわ)りを見回してヤーフが

言いました。

「ではそろそろ、お互いに見聞きしてきたことを報告してもらおうか」

 三人が見聞きしたというのは、三つの国の様子なのだそうです。その三つの

国とは『汗牛国』(かんぎゅうこく)と『不文国』(ふもんこく)、もう一つ

はまだ名のない国で、シッタが仮(かり)につけた名前は『波国』(なみこく)

という国でした。

 最初に話したのはヤーフで、汗牛国(かんぎゅうこく)の様子についてでした。

 

                                                              続く