良太と美佐が窓越しにブティックを覗くと、美佐の目は釘付けになり、

「見てあのワンピース。着物柄の生地みたい。変ってていいなあ」

「なんだかチンドン屋みたいだ」

「良太にはあの良さが分からないんだ」

値札には八万円とあった。

「高いなあ」

「それだけ価値があるのよ」

「何もあんな服じゃなくても今着てるのだって素敵だよ」

「良太は物の価値が分からないのね」

「服は自分に似合うかどうかで選ぶんじゃないのかい。高いから良い物とは限ら

ないだろ」

「価値の分からない良太らしいね」

美佐の言葉に良太は少しばかり傷つくのだった。

ブティックを過ぎしばらく行くと骨董店があった。その骨董店は美佐の伯父が経

営する店だった。

「骨董って何がいいのか分かんないな」

小声で言うと美佐は、

「価値が分からない良太にはダイヤも石ころだね」

そんなことを言いながら立ち去ろうとすると、初老の男が呼び止めた。

「美佐じゃないか。しばらくだな。寄って行きなよ」

「あっ、伯父さんしばらく。良太、お茶でも飲ませてもらおうよ」

二人が店に入ると、

「骨董の価値ってなんなのかレクチャーしようか」

親しげに話しかけてきた。

伯父さんはニコニコし、缶コーヒーを置きながら話し出した。

「さっき価値がどうのとか言ってたね。実はこの店にある物は価値があってない

ようなものなのさ」

「そうなんですか?そもそも価値ってなんですか」

「良い質問だ。役に立つとか美しいとか、歴史的に貴重とかと言うのも価値基準

の一つだがね、価値があると思っている人にとって価値は高まるものなのさ」

「それじゃ絶対的価値って物はないんですか」

「そんなものないさ。価値なんてのは人が作るものなんだよ。

 こんな話がある。

  桃山時代の千利休がね、朝鮮で作られた生活雑器を、これは良いって言ったら、

途端に珍重がられて値が高騰したって話だよ。

 そうだ昨日届いたこの茶釜、いくらだったら君は買うかね」

  そう言って古ぼけた鉄の茶釜を指さすと良太は言った。

「お金を貰ってもいらないです」

「なるほど。では金の茶釜だったら、誰の目にも価値があって、しかも希少価値

があるけどね。

 希少価値と言えば錦鯉なんか代表だな。

 鯉の頭に赤い模様があれば価値があるってことで、よく似た稚魚は何千匹も捨

てて、価値が操作されている」

「そう言えば子供の頃、お菓子のおまけに付いて来る人気のカードが欲しくて、

そのお菓子買ったことがあった。

 何であのカードは少なかったんだろ」

「数が少なければ希少価値が高まり、お菓子も売れる。でもこれは詐欺とは違う。

 つまり価値は作られるってことさ」

「それじゃ洋服の価値はだれが作るの?」

「君はココ・シャネルって名前のデザイナー知ってるだろ。

この女性が生まれた頃のフランス女性は長いスカートを重ね着しウエストを締

め上げ、ゴテゴテと飾りつけた帽子をかぶるのが婦人の常識だった。

 だが貧しく修道院で孤児のように育ったシャネルには、そんな文化は身につい

ていなかった。

 だから長じて、自分が動きやすい服装を抵抗なく取り入れられた。

 例えば乗馬しやすく男のズボンをはき、男物の帽子をかぶった。

 始めは、伝統を知らない貧しい娘だと、相手にされなかったけど、戦争などで

女性が社会進出する時代になると、シャネルの考えた動きやすく着やすい服装が

持てはやされて大ブームになったんだ」

「なるほど。物の価値って言うのは文化であり伝統で、時代によっても変わるん

だ」

「そう。文化や習慣が違えば価値も変わる。だから軽々しく他人の価値観は批判

できない」

「そうか。僕にとっていらない物でも人によっては家宝なんだ」

「そう。ライオンにはベッドの藁も馬にはご馳走さ」

そこへ客が入ってきた。

「おじさん有り難う。また来るね」

美佐達は立ち上がった。

「ああ、またおいで」

良太達を送り出すと店主は客に言った。

「やっと茶釜、入りましたよ。三百万円です」

埃をかぶった先ほどの茶釜を指さしながら言ったのだった。


        
             

 

 

  骨董店の伯父さん

高安義郎