夢の中の神様その19

                  綺麗って何                  高安義郎


                   
       
       

        

 良太は恋人の美佐とバラ園に出かけた。花の見事さに圧倒され美佐は、

「神様はやっぱり芸術家ね」

何気なく言った。その時良太は最高の芸術を作るのは神様かも知れないと思った。

 その夜神様に出会った夢を見た。良太の十九度目の神様の夢だ。夢の中で神様が

絵を描いていた。

「何を描いているの。昼間美佐が神様は芸術家だって言ったのを聞いていたの?」

すると神様は、

「俺、芸術みたいな人間の道楽に興味はないよ」と言った。

「それにしてもその絵あんまり綺麗じゃないね」良太が言うと神様は言った。

「実はさあ俺、綺麗って何なのか判んなくってさ。良太達が綺麗だとか綺麗じゃな

いとかはどうして区別しているのかそれが知りたくってさあ」

「ええ?綺麗な物ってどんな物か知らないの?信じられない」

「何言ってるんだ。良太だって綺麗かそうでないかは親から教わったんだろ」

「そんなもの教わっていないよ。バラの花が綺麗で犬の糞は汚いなんてすぐにわかる

じゃないか。綺麗に思う感覚は教わるものじゃないよ」

「そうかなあ。俺の知ってるある農夫だけど、彼は稲穂が垂れ下がった時『美しい

眺めだ』って言って、近くに咲いていたリンドウの花を平気で踏んで行ったぞ」

「そりゃあ、その人がたまたま花が好きじゃなかっただけじゃないの」

「だからさ、綺麗とかって感じるのはその人の学習の成果じゃないの?桜の花を見て

大人達が『綺麗だねえ』って教え、犬の糞を『ばっちいよ』って言うのを聞いた子供

達が、これを綺麗、あれは汚いって知るんじゃないの。芸術もそうだよ」

芸術と言われて良太は聞いてみたくなった。

「ねえ神様、最高の芸術って何だと思う?今世界にあるいろんな絵画や彫刻は、み

んな完璧な物なの?」


「だから、俺もそれを知りたいのさ。山の高さだったらエベレストが一番だって言

えるけど芸術ってそもそも何なんだね。どんなに精密に描いたって本物の花にはかな

わないじゃん。でも本物は数日で枯れるけど3Dカメラで写せば半永久的に立体的な

鮮やかさが保てる」

「何が言いたいのさ」

「つまりだねえ。美しいという感覚は誰かが決めた物だってことさ」

「芸術もその善し悪しは誰かが決めたってことかい」「そうだよ。絶対的な美しさ

なんてありはしないんだ」

「そんなことない。美しい物は誰が見たって美しい」

「嘘くさいなあ。この絵は美しいって権威ある人間が言ったから君等はそれを鵜呑

みにして素晴らしいって言っているだけだろ。試しにこれを見て見なよ。これ、今俺

が描いたんだ。どう思う?」

そう言って掛けられていた布を外し一枚の絵を差し出した。それは、何を描いた物か

判らないが、様々な色彩の羽衣のような物が宙に乱舞し、画面の奥へと流れてゆく絵

であった。

「めちゃくちゃじゃないか。好意的に見れば大きな花びらが風に舞っているようだけど、

あんまり感心しないなあ」

すると神様は言った。

「俺が描いたってのは嘘だよ。この絵ピカソの絵だぜ。ある人の倉庫に長く保管され

ていてまだ見つかっていない絵なんだ。もう三年もすると発見されて、それこそオーク

ションでは五十億の値がつく絵だぜ」

「これがかい?それじゃもう一度見せてよ」良介は目をこらした。

「神様が描いた物だと思ったから馬鹿にしてよく見なかったけど。なるほど流石に世

紀の画家の絵だ。美しいじゃないの。やっぱり美しい物は誰が見ても美しいんだよ」

それを聞いた神様は大きく溜(た)め息をつきながら、

「良太はさあ、ピカソの絵は素晴らしいって教えられているから素晴らしいって言って

るだけじゃん。それ、嘘の嘘で本当は俺が描いた絵だよ」

 そう言うと神様は絵筆を放り投げて消えた。

目を覚ました良太は、

「俺、芸術って分かってないのかなあ。人が良いと言っているから好きなのかなあ」

そう呟(つぶや)いた後で、

「そう言えば美佐が愛してるって言ってくれたから、俺も好きになったのかも」

 呟いた後良太は、それ以上何も考えないことにしたのだった。