詩集「次元鏡」
高安義郎
それは小さな町に降った
公園の遊具を隠し
排水溝を埋めた
通りへ続く路地を被い
青ざめた追憶が形づくる私の体を
背後からやるせなく降り閉じていった
小さな町に積もることで
それは確かに雪となった
自分の内に偶像を持つことが
不安を縦糸にして明日を機織るこの生の
禁じ得ない救いなのなら
せめて隠しおおせる約束の岸辺まで
密かに切る印の指を包め
風が吹き始めた
流れる雪に吹きこぼれる花として
それは襟元(えりもと)に潜んでは舞う慈悲なのだろうか
ガラス窓が震えている
小枝の雪が脱落してふと我にかえれば
どこにも小鳥さえ見あたらず
雪はなお天を剥(は)がして沈澱する
私は窓に文字を書く
ついぞ囗にしたことのない言葉を書く
やがて文字は
涙腺を型どってガラスを流れる
判読できなくなって諦めの頃
窓の外に雪景色を透かして見せた
隠せ
隠せ
白一色に隠し切れ
そして私の言葉を消し去れ
言葉の為に生み落とす言葉をさえも隠し終えたら
再び人として生まれ出てくる煩わしさも消えはしないか
小さな町に降り積もる記憶の中で
あの足跡をひたすら追ったあの日の言葉が