詩集「次元鏡」
高安義郎
重そうに籠を背負い
こんなに苦しいはずではなかったと
おまえは私の胸のあたりで涙する
微かに残るあどけなさをかき集め
その微笑みで摘んでまわった花のこもごも
籠の中には女の芳香が漂っている
-―あなたをひと枝欲しい
無声の哀求を私にした時
生憎私にはひとつの蕾さえ持てずにいたのだ
――この花を咲き止める枝に女は静かに籠を置くと眼を閉じた
山おろしの風が浴衣の裾を吹き上げ
甲高い小鳥の声が枝をくぐる
おびただしい花の光が両手に降った
私のどこにこれはどの花芽があったのだろう
快い疲れを感じたものの
枝ひとつさえ折れた気配のないままに
おまえはまた籠を背負った
――十年前なら山を降りたわ
健気に微笑んでみせながら
ゆっくり振り返える首筋は
白く透いて秋の焦点が光っていた
山道は点々と花片の色素で足跡を被い
私の胸に微かな風が過ぎていった
風はきのうから今日をかすめ
あすの町角を巡って忘れもしようが
この胸に残った涙は
何の花の雫だったか
冷えながら私の胸で結晶してゆく