母の庭(1)
―嵐の後に―

夜半から激しさを増した嵐で

花畑が壊れてしまったのでした

夏に脂ぎって咲いたダリアの囲いも


ヒメシャラの古い支柱も倒れています

放り出された移植ごては真っ赤に錆び

吹き飛んだ消毒ポンプはへこんでいます

鉢は台から突き落とされて砕け

覆(くつが)えされたプランクの土は

雨水の流れた跡を描き残しています

ようやく風が治まった翌日の

昼過ぎにやって来たのんきな夕陽は

台風を信じもしない顔で見下ろし

慰めの言葉もかけず山の向こうに沈みました

今になって思えば二年ほど前から

母の心にも嵐が吹き始めていたのです

慈しんだ花々の名を忘れ

昨日の約束さえ思い出せなくなっていました

僕等に話したクロガネモチの思い出は

虫食いだらけのジグソーパズルのようでした

生家近くの川辺に添い波打って咲いた菜の花や

通学帰りの荒れ野のススキに吹く風は

雨に濡れたスケッチブックの水彩画です

母の記憶の大半は

迷宮の闇に雪崩れてゆきました

我が家の庭と母の心に

通り過ぎた季節はずれの台風でした

嵐の跡の庭に立ち

荒れすさんだ庭を見ました

母が手塩に掛けた庭とは

どう考えても思えませんでした

そんな痛々しい一隅に

潜んでいたような花が見えます

何故か寂しいほどに懐かしい花でした

それは花壇のはずれに白く

シャガの花の一輪でした

そう言えば母の浴衣のあの時の

模様がシャガの花でした

               平成13年 3月末