大道の手品師    

                                                  
 「さて取りい出しましたるこの小箱。何処にでもあるただの箱。しかしながら気

合ひとつで魔法の箱に早変わり。首尾よく箱より宝が出たらばお慰み。シラテ・カ

ッサイの魔術でござる」白手勝斉は手品師だつた。小箱から子供の喜ぶキヤラクタ

人形や、主婦たちには日用品を取り出し、買い物客の足止めをする謂わばピエロだ

った。目を銀色仮面で隠し鼻の下にはカイゼル髭(ひげ)を付け、縁のすり切れた

山高帽子を目深にかぶっていた。

「魔法の箱は実はこのスーパーだ。この割引券で宝物はお望みのまま。ささ割引券

だよ」勝斉は割引券を小箱から出し観客に配った。これでワンステージが終了だった。

 その日の最後の手品が終わり、事務室の隣に置いてあったトランクに小道具をつめ

ると茶を一杯馳走になり店を出た。そこへ一人の高校生らしい少年が現れた。少年は

「僕に持たせてください」トランクに手を伸ばした。慌てたように後退りをし、

「何だね君は。これは君が持ってもしようがない物だよ」勝斉は口をとがらせて言っ

た。首の周りには落とし損じた化粧がうっすらとついていた。少年を睨(にら)むと

逃げるようにして歩き出し、大通りの向こうにあるビジネスホテルに入っていった。

「お帰りなさい、こちら鍵です」カウンターのボーイは手品の手つきを真似て鍵を出し、

「御客様はロビーでご面会を」と言った。振り向くとそこにはあの少年が立っていた。

「僕、手品師になりたいんです。教えてもらいたいんです。弟子にしてください」

少年の眼は真剣だった勝斉は首を振りながらソフアーに座り、何時から自分の手品を見

ていたのか聞いた。おもむろにトランクを開き、

「私の手品は地味だ。箱から出す物は石鹸、歯磨き粉、それに縫いぐるみだ。こんな物

を出したって格好は良くない」と言った。

「もっといい物を仕込んでおけばいいわけでしょ。アイディアなら任せて下さい」

「いい物とはどんな物かね」

「沢山あるでしよ、薔薇とかカトレアの花とか、うさぎやハトとかの動物だっていいし」

勝斉は少年を見つめせせら笑うように鼻を膨(ふく)らませた。

「そんなもの私も以前はやっていたさ。弟子も二十人はいたものだ。そう。私が何を取

り出していたか想像できるかね」胸を突き出すようにして自分の半生を話し出した

 その昔、勝斉は天才手品師として華々しくデビューした。それこそ初めは花や動物を

取り出していたが、演技が熟してくるにしたがい、形に見えない物を取り出し始めた。

一つは『悲しみの玉』もう、一つは『喜びの玉』だった。悲しみの玉を掲げると会場に

は悲しいムードが漂(ただよ)い始め、観客は涙を抑えた。喜びの玉を取り出せぱ笑い

の渦が巻き起こった。勝斉は手品を芸術に高めた男としてもてはやされ、心の魔術師と

して騒がれた。

「本当ですかそれ? それならどうしてやめたんですか」怪訝(けげん)そうに少年は聞

いた。

「作りものの心を売るのが嫌になったのさ。楽しくもないのに無理に笑わせ、悲しくも

ないのに涙を流させるのは詐欺師というものだ。女を愛せない男が愛の詩を書くような

ものだ。大金持ちがプロレタリアートの仲間に混じって清貧を訴えるようなものだ。そ

んなもので人の心を掴(つか)んでも所詮は贋物(にせもの)だ。鼻もちならん」勝斉

が言った。

「だって作ることが芸術でしょ。芸術手品はすばらしい、捨てるなんておかしいですよ」

「君、嘘の心を芸術と言うのかね。それより生活の役にたつ鍋の方がよほど価値がある

とは思わんか。嘘の涙が何を満たしてくれる」

「人か楽しめればそれでいいではないですか」

「本当の楽しみは自分で作るものだ。ともかく弟子はもういらん」勝斉はきっぱり言い

切ると、懇願する少年を残しエレベーターの中へと消えていった。見るとカウンターで

はボーイが手品の花を操り、ひとり悦に入って笑っていた。