詩集「ただひとりで僕等と言う」

ただひとりで僕等と言う

高安義郎



夏が終わっていく早さに

高台のベンチが

はじの方から溶けはじめたのです

岩のすき間に浮く遠い地で

男と女のいるボートに気づきながら

ベンチは僕達を抱いて

夕日から離れていったのです


目玉だけの虫のように

ひぐらしが僕等の耳から

谷間の方に落ちました

つかまえに行った僕等の眼が

そえ木のいたいたしい

古い梅の木の下をくぐって

やがて淋しそうに帰ってきました

海を越えるのが不安だったのです


アキビンが一本だけ

僕等の口のように捨てられていました


この高台に来る時は

殉教者のように

杉林の中を来たのですが

階段のある道を帰りたいと思いました


小さくなっていくベンチに

コウロギが飛びついてきた時

僕等は冬の皿のように悲しくなって

ひぐらしを真似て鳴いていました

高台のベンチというベンチが

小さな岩になってしまった頃

僕等は意味のない指切りを

長いあいだしていました