


この町がまだ村と呼ばれていた三十年ほど昔、大地主で村長までした惣兵衛という分
限者がいた。その家には大きな庭があり、妻の手で育てられた四季折々の花が咲きみだ
れていた。だが妻が亡くなってからは、手入れをする者がおらず庭は雑草に覆(おお)
われてしまった。家には跡継ぎがいなかったが、実は惣兵衛には妻に隠れて外に四人の
娘がいた。
子供の名は生まれた季節に因(ちな)み一番上を春恵、二番目が夏子、三番目が秋穂
で四番目を冬美といった。四人とも母がちがう。子供達も母親達も、自分以外に隠した
女性がいることや姉妹がいることを知らなかった。
惣兵衛が六十歳になったある春のこと、季節を感じられない雑草だらけの庭を見つめ
ながら呟(つぶや)いた。
「我が家の庭にはもう季節は来ないのかなあ」
その時惣兵衛は還暦の祝いにかこつけて四人の娘を屋敷に呼ぶことを思いついた。娘達は
みな二十歳を過ぎていた。
やがて呼ばれてきた親戚の者達が集まったところで惣兵衛は話し出した。
「今日初めてみんなに話すが、ここに居る四人の娘達は皆わしの娘だ」
娘達は狐につまれたような顔で互いを見つめ合った。
「お前達は実は四人姉妹だ。驚いたかも知れないが、春夏秋冬の順に生まれた」
集まっていた客達十人ほどが一斉にどよめきの声を上げた。
「今日の還暦の祝いというのは実は口実で、この四人の娘の内、誰を我が家の跡継ぎに
するか、親戚の皆さんにも考えてもらい、お披露目をしようと思ってるんだ。さあ、お
前達は一人ずつ今何を勉強していて何になりたいのか、自己紹介しなさい」
惣兵衛に言われ娘達は戸惑いながら一人ずつ立つと話し出した。
春恵は春のような優しい笑顔で、
「私看護学校を出て、今、都内の病院にいます。三年目です」
それだけ言うとため息をついて座った。
次に立ったのは夏子で、溌剌(はつらつ)とした夏空のような明るい声で、
「私は学校の先生になりたいです。体操の先生です。来年の春、教育学部を卒業します」
日に焼けた顔で言った。
秋穂は秋の実りを思わせるような豊かな体で、ゆったり立ち上がると少し寂しそうに、
「今母が病気で入院しているので、アルバイトをしながら看病しています」
それを聞いた惣兵衛は、
「脳梗塞だったね。よく面倒をみてやっておくれ」静かに言った。
「はい。でもだいぶ良くなって、もう少しで退院できそうです」
「そうか。そりゃよかった。で、何になりたいんだ」
「図書館の司書になりたいです」言い終わると冬美は立ち上がり、
「これは何の真似なの。何が跡継ぎよ。たまに顔を見せるだけで父親づらして、勝手だわ。
私はこんな家には来ません。一緒に暮らしたことのない姉妹なんか姉妹とも認めません」
それを聞いた惣兵衛は、
「冬美は本当に冬みたいに厳しいなあ。でも、せっかく出会った四姉妹だ。これからは
お互い行き来しておくれ」苦笑しながら言った。
料理が出、客達は酒を酌み交わし始めた。しばらくして惣兵衛の妹婿(いもうとむこ)
が言った。
「義兄(に)さん。本人達に聞いてみたらどうです。冬美さんだって内心はこんな裕福
で何一つ不自由のない家に住みたいでしょ」
すると冬美は、
「いいえ私は貰(もら)うものをもらって縁を切るわ。その為にも法律の事を少し勉強
しているの」
一瞬座が静まった。
「私も母から離れるつもりはありません」秋穂が言った。
「私だって財産なんて。楽しく働ければそれだけで充分ですから」そう夏子が言うと、
「それじゃ春恵はどうだ。一番上の姉さんなんだから家を継ぐのが順当だろうが、どうだ」
すると春恵は、
「お父さん。どの季節も皆通り過ぎるものよ。自分の手元に置いておける季節なんてどこ
にもないわ」
それを聞いた娘達は一斉に拍手をした。
「我が家にはもうどの季節も来んのか」惣兵衛がつぶやくと、
「自分の手塩にかけた庭にしか季節は巡ってこないのかも知れないですね」
義弟の小声に惣兵衛は静かにうなづき、草だらけの庭に眼をやった。ノボロ菊とコバンソ
ウが春風に虚(むな)しく揺れているだけだった。
